特集
人生設計と切っても切れない「キャリアとお金」。ともに時間をかけて積み上げていくもの、短期的な利益ではなく、長期的な成長と価値創造を目指す「投資」である——。
キャリアとお金のプロフェッショナルが考える共通点は? 目先の年収やリターンに振り回されず、価値を高めていくためには? ともに考えることで、あなたの転職の方向性は、きっともっとクリアになるはずです。
資産運用の最前線を知るSBIグローバルアセットマネジメント代表取締役社長・朝倉智也氏と、30年以上にわたって2500人以上の転職支援に携わってきたmorich代表取締役・森本千賀子氏が、それぞれの立場から語り合います。
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森本:私はリクルートで約25年間、人材紹介に携わってきました。東日本大震災をきっかけに副業をスタートし、2017年に独立。現在はハイクラス人材のハイキャリア支援や採用アドバイスなどを行っています。
さらに、スタートアップ企業の人材や組織の支援もライフワークとして取り組んでいます。社外取締役、アドバイザー、顧問など、少しずつ肩書きが増え、現在20枚ほどの名刺を持っています。
森本 千賀子
株式会社morich 代表取締役 兼 オールラウンダーエージェント
獨協大学卒業後、リクルート人材センター(現リクルート)入社。転職エージェントとしてCxOクラスの採用支援を手がける。全社MVPのほか受賞歴は30回超。転職エージェント事業のほか、社外取締役/顧問/NPO理事などパラレルキャリアを体現。NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」(NHK)や「ガイアの夜明け」(テレビ東京)にも出演。オンラインメディアなどのWeb連載のほか、『本気の転職』等著書も多数出版。
朝倉:リクルート時代から数えると、相当な数の人に会っているのでしょうね。
森本:数えてみたら、4万人超でした。少なく見積もって2500人以上の求職者の方の転職のお手伝いをしているので、改めてすごい数のご縁だと思います。朝倉さんのここまでのキャリアについてもおうかがいしてよろしいですか?
朝倉:私は大学卒業後、銀行と証券会社を経て、アメリカにMBA留学しました。1994年に、孫正義さん(ソフトバンクグループ会長兼社長)のソフトバンク上場のプレゼンを見る機会に恵まれました。そのとき「これは、なんて面白い会社なんだ!」と衝撃を受け、彼宛てに直接、「自分を雇ってほしい」とレターを書いて送ったのが、ソフトバンクに入ったきっかけです。
森本:先見の明があったんですね。レターを直接送るというのは、すごい行動力です!
朝倉:さすがに本人は僕のレターを見ていないと思いますけどね。経営企画から面接に呼ばれ、1995️年に入社。ソフトバンク時代を含めると、北尾吉孝代表率いるSBIグループにちょうど30年在籍していることになります。
朝倉 智也
SBIグローバルアセットマネジメント 代表取締役社長
1966年生まれ、1989年慶應義塾大学文学部卒。銀行、証券会社にて資産運用助言業務に従事した後、1995年米国イリノイ大学で経営学修士号(MBA)取得。同年、ソフトバンク株式会社入社。財務部にて資金調達・資金運用全般、子会社の設立および上場準備を担当。1998年モーニングスター株式会社(現SBIグローバルアセットマネジメント株式会社)設立に参画し、以来、常に中立的・客観的な投資情報の提供を行い、個人投資家の的確な資産形成に努める。SBIホールディングスの取締役副社長やウエルスアドバイザーの代表も兼務し、SBIグループ全体の資産運用事業を管理・運営する。
森本:朝倉さんの著書『投資のプロが明かす、私が50歳ならこう増やす!』(幻冬舎新書)を拝読しましたが、改めて投資に対する姿勢によって、人生設計が大きく変わってくるということを実感しました。
朝倉:本当にそうですね。今日のテーマは「キャリアと資産運用の共通点」ですが、森本さんの投資経験はどのようなものですか。
森本:リクルート時代に持株会制度があったことがきっかけで、入社時から株についての感度は高かったと思います。貯金ではなく投資することでお金に働いてもらう魅力を知り、株式投資をはじめいろいろと試してきた方だと思います。今日は個人的に朝倉さんにアドバイスをいただきたいくらいです(笑)。とはいえ、最初に知る機会がなかったら今も「株って何? 運用って何?」という状態だったかもしれません。
朝倉:そうですよね。日々忙しいビジネスパーソンこそ、これまで資産運用についてしっかり学ぶチャンスがなかった方も多いのではないでしょうか。
バブル以降の失われた30年の日本は、物の価値が下がる「デフレの時代」でした。極端にいうと、ただ貯金していても相対的なお金の価値は勝手に上がっていきましたから、資産運用へのモチベーションも低かったんですよね。長くこの世界にいますが、一気にインフレに振れている今は、やはりみなさんの意識がまったく違うと感じます。
特に、私と同じ50代以上は、1980年代後半に日本経済が右肩上がりで成長していくのを体験した世代。セミナーや講演でさまざまな方とお話しする中でも「あのとき運用していれば」という人は多いですね。
森本:朝倉さんは、キャリア、そして資産形成における「投資」の共通点はどこにあると思われますか。
朝倉:仕事柄、お金の増やし方を伝えてはいますが、人生という時間軸で考えたときには、「ファイナンシャル・キャピタル(金融的資本)」と「ヒューマン・キャピタル(人的資本)」の両方を伸ばしていくことが重要だと思っています。
若い人であれば、まずはキャリアの視点、ヒューマン・キャピタルを拡大していくことが重要です。知識を得て、人脈を得る。それが次の可能性につながっていきます。そこにまずは目を向け、無理のない範囲で資産形成を始めるといいでしょう。
一方、経験値があってもキャリアとしては下り坂になる60代以上は“第二の人生”として捉えるべきタイミング。ある程度増やしたファイナンシャル・キャピタルを元手に、安定運用しながらも使っていくことを考えていかなくてはいけません。そのバランスを上手く移行できるように、資産管理を続けていくことが必要です。
森本:人生100年時代と言われる今、定年を迎える65歳以降の人生を豊かで有意義なものにするには、ある程度の蓄えも必要ですよね。場合によっては、定年後も自分のキャリアや社会的価値をプラスしていくことも求められます。
そこは、ひと昔前とは時代背景がかなり違いますよね。いかに早く気づいて、「お金がお金を生む」という“複利”の発想をキャリア面でも持てるかはこれからの鍵となりそうです。
朝倉:転職の目的が年収アップというケースは当然多いと思うのですが、森本さんがキャリアのアドバイスをするときにお金の面での相談を同時にされることもありますか?
森本:とても多いです。「先の保証がない時代だから、自分のことは自分でなんとかしなくては」と転職やキャリアアップと同時に資産形成に目を向ける方はたくさんいます。
そんな時にアドバイスしているのは、目先の給与にこだわりすぎず、年代によって報酬に対する正しい捉え方をすることです。
それほど大きな収入差のない20代は、自分への投資の時期と捉えて、給与に強くこだわらずたくさんの経験をすることで、自分の価値を高める時期。多様なチャレンジができる環境を選択しましょう、と。
対して30代になると、専門性も高まり、家族をはじめ守るものができるなど、今後の仕事人生で長期的に進んでいきたい方向性を見定めていく必要が出てきます。
40代は、一番年収の差が開く年代でもあるので、エージェントとしては、より高い報酬のポジションをご案内したいともちろん考えます。そのために重要なのが「30代までのあいだに何に自己投資をしてきたか、どんな成長をしてきたか」なんです。投資フェーズがないと、成果も得られません。
朝倉:年代別に捉えるのはわかりやすいですよね。そういう意味では、資産運用でも同じような考え方ができると言えます。
20代は、キャリアと逆に金銭的な投資は少額で十分です。積立は早めにはじめ、長期間続けた方が有利な制度ではありますが、若い頃から無理して資産運用に振る必要はまったくありません。NISAの積立投資額が年間120万円だからといって、月10万円投資をしなくていい。貴重なお金や時間を使って、さまざまな経験をして、可能性を引き出すべきだと思います。
そうして30~40代を迎えれば、それこそ転職による年収アップを含めて、資金面にも余裕が出てきますよね。その段階で本格的に投資金額を増やしていけばいいのです。
森本:ミドル世代になってからしっかり取り組む、でも遅くないんですね。
朝倉:まったく遅くないです! それこそ人生100年時代ですから、残りの人生のほうが長いですよ。今から始めても、10年後、30年後にはしっかり成果を感じられると思います。
森本:もうひとつ朝倉さんにお伺いしたいのが、「リスクを取るタイミング」についてです。投資の世界での視点をキャリアに応用できるものでしょうか?
朝倉:リスクと言っても、いろいろな考え方があります。キャリアにおける転職は、主体的にリスクを取るということでしょう。森本さんも「起業」というリスクを取って積極的に動いたことで、道が大きく広がったのだと思います。
森本:まさにその通りです。
朝倉:人生は、決断しなければいけないときが必ずあります。その都度、自分の決断に後悔しないようにリスクを取るしかありません。
では、資産運用における「リスクの取り方」はどうすればいいのか? 実は、私は「リスクを取らない」ことを考えるべきだと思っています。
森本:「リスクを取らない」? 意外なお答えでした。
朝倉:キャリアもそうですが、あくまでも「主」は日々の生活や仕事です。資産運用は「従」に過ぎません。その主従関係を逆に捉えてはいけないのです。
生活や仕事の基盤がしっかり固まっているうえで、生活に支障のない範囲で資産運用をする。具体的には、毎日の仕事や生活に集中して、株や投資信託の値動きに一喜一憂しない状態です。
短期的な利益を目的としたリスクを取った運用をするのではなく、長期的に積み立てたり分散させたりすることで、全体のリスクを抑えていけばいいのです。
森本:確かに、仕事をしているあいだに常に値動きが気になってしまったら元も子もないですよね。
朝倉:そうなんです。生活や仕事を侵食してまでやるべきものではありません。投資した後は、そのことを少し忘れているくらいがちょうどいいんです。
森本:キャリアの世界でも、「リスクを取らないこと」が大事なときがあります。実際、私も「今は、転職しないほうがいいですよ」とアドバイスすることが、結構多いんです。
朝倉:なんと、そうなんですね! それは具体的にどういう場面ですか。
森本:専門性をしっかりとアピールできる領域にまだ到達していないときですね。キャリアを考えるときは、3~5年のタームで見通してもらうのですが、「あと1-2年、今の場所にいればもう一段上のレイヤーに上がれる」という可能性が見えるときはあえて転職をすすめません。
朝倉:無理してチャレンジしても失敗しやすいんですね。
森本:そうなんです。私は求職者様には、キャリアでも資産のようにポートフォリオをつくって“分散投資”をすることをおすすめしています。
「I字キャリア」と言われる、1つの専門分野だけをずっと走り続けていると、今の時代はいずれAIやロボットに丸ごと代替されてしまうリスクもあります。自分自身の現在地と未来を見据え、複数の得意領域を持つ「キャリアのポートフォリオ」を作成していく意識で長期的に組み立てていくといいと思います。
朝倉:分散投資してリスクを減らしつつ、長期的な成長を目指す。まさに資産運用と同じですね。
森本:転職は環境が変わり、人間関係も、社内での自分のブランドもリセットすることになります。そのリスクテイクをする価値のある環境やタイミングなのか。本人のなりたいビジョンと照らし合わせて見極めてもらうようにしています。
森本:そういえば、大リーグで活躍する大谷翔平選手にまつわる面白い話があるんです。彼はもともとメジャーリーグを目指していましたが、高校卒業後にまずは北海道日本ハムファイターズに入団しました。この決断には、当時の日本ハム監督の栗山英樹さんのプレゼンが影響しているんです。
朝倉:そうなんですね。
森本:栗山さんは大谷選手に「このままダイレクトにメジャーに挑戦するより、日本ハムに入団してから行くほうがより高いバリューで渡米できる」ということをプレゼン資料にまとめて大谷選手に提案したそうです。ホップ・ステップ・ジャンプの「ホップ」としての日ハム入団を提案したのです。
これはキャリア全般にも言えることなんですよね。例えば、将来起業したいというビジョンがあったときに、一度A社を挟むことで、よりバリューアップした状態で独立できるケースもあります。
朝倉:なるほど。急がば回れですね。
森本:そういうリスクの抑え方も、キャリアを考えるときのひとつの方法です。
朝倉:リスク判断においては、いい面と悪い面の両方を知ったうえで判断することも大事です。いい面だけを盲信しては判断を誤ります。私自身、一般的によいとされている商品や制度に対しては、あえて「違う見方もありますよ」と、プラス・マイナスの両面を伝えるようにしています。
森本:転職でも「両面を知る、伝える」のは大切ですね。例えば、同じくらい興味がある2つの会社があったとき、A社はキラキラしたことしか言わず、B社は自社の直面している課題を正直に話してくれたとしたら……。
朝倉:B社のほうが信用できそうですよね。
森本:まさに、ほとんどの求職者の方がB社にポジティブな印象を抱きます。その会社の本質的な価値や課題を理解したうえで向き合えますし、だからこそ自分が必要とされる理由を感じられるんですよね。
朝倉:面白いですねえ。キャリアと資産形成、分野は違っても、いろいろな点で共通点があるのを改めて感じます。
(後編に続く)
(構成:工藤千秋、編集:山崎春奈、撮影:稲垣純也)