特集
人生設計と切っても切れない「キャリアとお金」。ともに時間をかけて積み上げていくもの、短期的な利益ではなく、長期的な成長と価値創造を目指す「投資」である——。
資産運用の最前線を知るSBIグローバルアセットマネジメント代表取締役社長・朝倉智也氏と、30年以上にわたって2500人以上の転職支援に携わってきたmorich代表取締役・森本千賀子氏がそれぞれの立場から語り合う企画の後編。
自分を成長させつつ、資産を増やす“二刀流”の投資を実現するポイントは? 資産運用によって得られる、お金よりも大事なことって?
前編に続き、より具体的な投資の考え方や、人生を考える上での視点について掘り下げていきます。
森本:昨年は「新NISA」が大きな話題になりましたが、若年層でも投資に関心を持つ人たちが増えています。朝倉さんは、今の日本の投資をとりまく環境についてどう感じていらっしゃいますか。
朝倉:日本は家計の金融資産が2200兆円もあります。そのうち半分以上が「現金・預金」で、投資は極めて少数派です。逆にアメリカでは5割以上が投資をしています。
圧倒的に預金が主流な日本ですが、近年は預金だけに頼っていると資産形成はもちろん、生活水準を維持することすら厳しくなってきています。仮に転職して給与が上がっても、消費税や社会保障費の上昇により手取りの可処分所得はそれほど増えません。
インフレによってモノの値段そのものも上がっています。たとえば20年前のマクドナルドのハンバーガーは1個80円でした。今は170円ですから単純に2倍ですよね。一方で、預金の金利は低いままですから、相対的に資産価値が下がってしまうんですね。若い人はそういう状況に敏感なので、NISAの口座を新規に開設する人が増えているのだと思います。
朝倉 智也
SBIグローバルアセットマネジメント 代表取締役社長
1966年生まれ、1989年慶應義塾大学文学部卒。銀行、証券会社にて資産運用助言業務に従事した後、1995年米国イリノイ大学で経営学修士号(MBA)取得。同年、ソフトバンク株式会社入社。財務部にて資金調達・資金運用全般、子会社の設立および上場準備を担当。1998年モーニングスター株式会社(現SBIグローバルアセットマネジメント株式会社)設立に参画し、以来、常に中立的・客観的な投資情報の提供を行い、個人投資家の的確な資産形成に努める。SBIホールディングスの取締役副社長やウエルスアドバイザーの代表も兼務し、SBIグループ全体の資産運用事業を管理・運営する。
森本:若い世代は、投資に関心のある方がとても多いですよね。
朝倉:これからは資産を「増やす」だけではなく「守る」ためにも、資産運用をしていくべきでしょう。インフレ率は年3%程度ですが、消費者の体感インフレ率は15%を超えています(日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」)。食料品をはじめ、身近なものが軒並み値上がりしていることは、みなさんも日々実感しているのではないでしょうか。
デフレで物価が下がっているうちは、給与が上がらず金利がゼロでもよかったんです。しかし、物価が上がっている今、預金金利が低いままで、給与も上がらないのでは、家計がついていけません。当然、家計の見直しも必要で、特に保険は必要性をもう一度考え直してみるといいと思います。
森本:そう考えると、やはり20代、30代など早いうちから資産運用を始めておくことは有利だとキャリア支援の面でも思います。
40代は一般的に、住宅ローンや子どもの教育費など固定的な支出が増える年代。将来有望なスタートアップやベンチャー企業に興味を持ったとしても、「一時的な収入減」になり得ることがネックで、選択肢から外さざるを得ない……ということが私のこれまでの経験でもありました。
成長が見込まれるスタートアップへの転職は、ストックオプションなどを含めると将来的な収入が数倍になる可能性もあります。その分、リスクを取って、最初は一時的に給与が下がる、“しゃがむ”ことを覚悟しなくてはなりません。ある程度資産に余裕がなければ、「今はしゃがめない」と諦めざるを得ないのです。そういう方は実は結構多いですね。
森本 千賀子
株式会社morich 代表取締役 兼 オールラウンダーエージェント
獨協大学卒業後、リクルート人材センター(現リクルート)入社。転職エージェントとしてCxOクラスの採用支援を手がける。全社MVPのほか受賞歴は30回超。転職エージェント事業のほか、社外取締役/顧問/NPO理事などパラレルキャリアを体現している。「プロフェッショナル~仕事の流儀~」(NHK)、「ガイアの夜明け」(テレビ東京)にも出演。オンラインメディアなどのWeb連載のほか、『本気の転職』等著書も多数出版。
朝倉:給与所得以外にも資産を持っていれば、一時的に収入が下がったとしてもチャレンジしやすいですよね。キャリアの選択肢も広がるというのは、なるほど、でした。
森本:近しいトピックでいうと、求職者のみなさんには「入社時点での報酬に惑わされないようにしてください」と必ずお伝えしています。
特にしっかり確認してほしいのは、仕事で実績を出したときに、それがしっかり報酬に反映される仕組みがあるか。その可能性がある、つまり頑張れば報われる会社かどうか。将来の収入アップが期待できる企業に転職することが大切です。
だからこそ、転職時に「一時的に金銭収入が減っても耐えられる」環境を整えておくことは意識しておくとよいと思います。
朝倉:キャリアの選択肢を増やすための資産形成という視点はとてもいいですね。ただお金を増やす以上の意義を感じられます。
森本:毎月1万円など小さい額でも資産形成に取り組んできたかどうかが、40代以降のキャリア選択で出てしまう——この傾向は、インフレの時代にさらに強まっていく気がします。
朝倉:私もそう思います。そのうえで、今の40代、50代が運用を始めるのが遅いというわけでは決してないということは改めて強調しておきたいですね。やらないよりはやったほうが絶対にいい。
森本:預金の金利がよくて資産が勝手に増える時代を経験している世代とはまったく感覚が違いますよね。「お金のことなんてわからない」「今からやってもしょうがない」と諦めずに、ぜひ積極的に学んでほしいです。
森本:先ほどは金銭的な面での共通点でしたが、スキル的な意味でも投資の思考法をキャリアに応用できると思います。前編でも少し触れた「キャリアのポートフォリオ」についてもう少し踏み込んで考えたいと思います。
投資の世界では分散投資をしてポートフォリオをつくり、リスクを減らしながら着実な成長を見込んでいきますが、これはキャリアでも同じ。キャリアにおける「リスク分散」とは、本業はしっかり持ちつつ、自分のやりたいことのために時間とエネルギーを計画的に投資していくことです。
社員の副業を認める企業やリモートワークを導入している企業が増えているのもポジティブな流れです。本業で何をするか、それ以外で何をするか。この2つの軸は、ぜひセットで考えていただきたいですね。
朝倉:一つの会社や、一つの専門性に頼らないということですよね。まさに時間と労力の分散投資。
森本:そうなんです。収入面などのリスクを分散させながら、新たなチャレンジの機会にもつながり、自分らしい「ポートフォリオ」を構築する時代です。オリジナルな組み合わせが、相乗効果を生み出すことにもなります。
朝倉:副業で触れたアイデアが本業で生きる、逆もまた然り、ということもありますよね。
森本:個人的には、メンタル面でもキャリアの分散投資の考え方はおすすめです。本業がずっと順風満帆ということはありませんから、その波をカバーできる場所をつくっておく。自分のことを必要としてくれる場所が別にあることが、強みになります。
朝倉:資産運用のポートフォリオでも、国や地域、企業の成長性を見極める重要性もさることながら、分散投資が重要です。
仮にずっと米国が好調で中国が低迷していても「じゃあ米国だけ投資していればいいのか?」と言えばそんなこともない。未来から見たら「よかったほうがダメになって、ダメだったほうがよくなる」可能性は十分にあるわけです。分散しておくことの重要性はキャリアと同じですね。
「株に絶対はない」と言われますが、中長期的には、世界経済が成長することには間違いはありません。なぜなら常に技術革新が起き、そこから優秀なスタートアップ企業が誕生しているからです。
森本:まさに近年の生成AIは、世の中がこれから大きく変わっていく予感を強く感じさせますよね。仕事のスタイルもやり方も、AIを知っているかどうかで、かなり違ってきそうです。
技術の進化に伴って世界経済も大きく成長するでしょうから、さらにキャリアにおける選択肢も変わっていくでしょう。
森本:今回、朝倉さんのお話を聞きながら、改めて人生設計における「マネープランとキャリアプランを中長期的に一緒に考えること」のメリットの大きさを実感しました。
早くからの資産形成で金銭的な余裕を持つことは、人生やキャリアのチャレンジの幅に大きく影響していきます。チャレンジの幅が広ければ広いほど、将来的に獲得できる可能性のある収入や経験も大きくなっていきますよね。だからこそ、多くのみなさんにマネープランとキャリアプランを同時に考える機会を持ってほしいです。転職は、そのいいきっかけではないでしょうか。
朝倉:私が金銭面以上に強く思う投資のメリットは、世界経済の動向や企業の動き、経済のゆくえに敏感になれることです。今すぐ何かの役に立たずとも、視野を広げることでこれまでの自分の経験や知見を生かせる会社なり、起業の機会なりを見つけるきっかけにもなりえると思います。「世界を見る目」を養えることが投資の大きな意義だということはもっと広く伝えていきたいですね。
森本:最近は多くの企業で、自社内でやりきるのではなく、M&Aで加速度的に成長する選択肢を増やしている印象です。転職市場では当然、そのための人材ニーズも高まってきています。大局的な経済の動きや、投資に高い意識を持っておくことは、仕事選びにも直結していくと思います。
朝倉:何でもやってみる、自分の目で見て、実際に触ってみることが大事ですよね。最近では、中国発AIの「DeepSeek」が大きな話題になりましたが、そのニュースを読むだけでなく、自分でも触ってみる、使ってみる瞬発力があるかどうかは大きい。
森本:やってみることで初めて、新しい技術やツールにどんな価値があってどれだけのクオリティなのか、理解することができますからね。技術革新を自分で体感しながら、企業の未来を見て投資したり、自分のキャリア形成を考えたりできるといいですね。
朝倉:大事なのは、自分で学んで考えて選択していく経験の積み重ねです。先ほどもお話しした通り、資産運用の目的は、もちろん資産を増やすことですが、その先には一歩踏み出して世界を見る目を養うことでもあります。それは必ず人生の武器になっていきます。
森本:どんな職種であろうと「経営者マインド」を持つべきだということにも通じますね。経営者マインドには、ファイナンスの知識も当然、含まれてきます。趣味と実益を兼ねるつもりで投資をすることで、お金と世の中の動きがどんなふうに連動しているのか体感してもらいたいです。
朝倉:転職を考えている方には、なおさらそのタイミングでライフプランを設計し直し、資産運用も始めてほしいですね。世の中がもっと広く見えてきて、自分のキャリアへの視野も広がっていくと思います。
(構成:工藤千秋、編集:山崎春奈、撮影:稲垣純也)